本年度アカデミー賞で、主演男優賞と脚本賞に輝いたガス・ヴァン・サント監督の『ミルク』。そのエンド・クレジットには、本作『ハーヴェイ・ミルク』への特別な謝辞が述べられている。『ミルク』でショーン・ペンが演じた実在の人物、ハーヴェイ・ミルク本人を追った本作は、1984年度アカデミー長編記録映画賞受賞作品だ。
ミルクはゲイであることを公表して当選したカリフォルニア初の市政執行委員であり、ゲイライツ(ゲイの権利)を確立させたエポック・メーカーの1人。偏見に満ちた社会に生きる大勢の同性愛者に希望を与えながら、精力的に政治活動に身を捧げたミルクだが、彼のような人物には敵も少なくなかった。ミルク本人が生前予期していたように、最期は暗殺により命を落とす。犯人は同じ市政執行委員の敬虔なクリスチャン、ダン・ホワイトだった…。
1970年代、サンフランシスコのゲイ・コミュニティーにおいて顔役的な存在だったミルクは、2度の落選を経た77年、遂に公職を得る。就任直後から政治家としての頭角を現し、殺されるまでの1年にも満たない在任期間中に多数の案件を手がけた。中でも、公立学校から同性愛者の教師・職員を排除することを掲げた“提案6号”反対を巡る活動はジミー・カーターやロナルド・レーガンといった大物政治家をも巻き込みアメリカの国論を二分する大論争に発展。彼はこの一件で、同性愛者のみならず全マイノリティのカリスマとして脚光を浴びることとなった。しかし運命の1978年11月27日、ミルクはジョージ・マスコーニ市長とともにダン・ホワイトの兇弾に倒れる。その夜、殺害現場となった市庁舎に続く道は、2人の死を悼む人々が手にした何千、何万というキャンドルで埋め尽くされたのだった。
ミルクと親交の深かった8名の人物へのインタビューと、ニュース映像などを中心に構成された本作は、根強い偏見に曝されるマイノリティが置かれた状況や、彼らが抱く変革への希望や情熱、それに対するアメリカ国民の困惑と排斥といった当時の世相を生々しく、時にスリリングに写し出す。ミルク自らが暗殺を予期してカセットテープに録音した“遺言”や、ホワイトの証言、裁判の経緯と驚愕の判決など、嘘偽りのないリアルな映像によって、後にタイム誌の“20世紀の100人”に選ばれることになるミルクが成し遂げた偉業の根底に流れる人間愛が鮮やかに甦る。真に傑作と呼ぶに相応しいドキュメンタリー映画だ。
ナレーションを担当したのは、トニー賞受賞歴を持つ名脚本家にして名俳優のハーヴェイ・フィアスタイン。ゲイであることをカミングアウトしている彼は、大ヒット作『インデペンデンス・デイ』やウディ・アレン監督作『ブロードウェイと銃弾』などに出演、さらにディズニーアニメ『ムーラン』他で声優としても活躍している。リチャード・シュミーセンと共に製作・監督に加えて、編集にも携わったロバート・エプスタインは後年、ハリウッドでタブー視され続けてきた映画における同性愛描写の歴史を丹念に検証した話題作『セルロイド・クローゼット』を完成させた。