
本作は、『Days of Waiting(待ちわびる日々)』でアカデミー賞ドキュメンタリー映画賞に輝いたスティーヴン・オカザキ監督が、25年の歳月をかけて完成させた渾身のドキュメンタリー映画である。原爆投下から60余年を経た今、日本でもその惨劇の記憶が薄れつつあるが、世界の多くの人々には、いまだ被害の実態についてほとんど知られていない。アメリカでは、原爆が戦争を早期に終わらせ、日米両国民の多くの命を救ったのだという、いわゆる“原爆神話”が広く受け入れられている現実がある。英訳された漫画「はだしのゲン」と出会ったことで、広島・長崎への原爆投下に関心を深めたオカザキ監督は次第に、核の脅威を世界に知らしめることが自分の役目だと考えるようになってゆく。82年、被爆者を取材した第1作『Survivors(生存者たち)』を発表。同作は英語圏で初めて被爆者自身の証言が紹介された作品となった。原爆投下から50年目の95年にスミソニアン博物館で開催が予定された原爆展に伴い、オカザキ監督は新作映画の製作を始めるが、原爆展自体が米国内の猛反発で中止となり、映画製作も中止に追い込まれてしまう。原爆展中止を求める動きは、原爆がもたらした災厄の真の姿に対する、米国民の極度のアレルギー症状と言えた。そんな逆風の中でも諦めることなく取材を続けたオカザキ監督は、胎内被爆の現実に迫った中篇『マッシュルーム・クラブ』で、05年アカデミー賞にノミネートされる。そして2007年、『ヒロシマナガサキ』が完成。彼のこれまでの映画人生のひとつの到達点が本作と言える。被爆者が高齢化していくなか、せきたてられるように日本を訪れ、実に500人以上もの被爆者に会い、取材を重ねた。本作は、14人の被爆者と、原爆投下に関与した4人のアメリカ人の証言を軸に構成されている。その中にはオカザキ監督の人生を決定づけた「はだしのゲン」の作者・中沢啓治氏の姿もある。惨劇から、ゆうに半世紀を越えるにもかかわらず、彼らの証言はひたすら生々しく、私たちの心をかき乱す。それはとりもなおさず、原爆というものがいかに忌むべき存在であるかの証左に他ならない。貴重な記録映像や資料を交え、広島・長崎の真実を包括的に描いた本作は、被爆者たちの想像を絶する苦悩に向き合い、彼らの生きる勇気と尊厳を深く受け止めている。現在、世界には広島型原子爆弾の40万個分に相当する核兵器があると言われている。9.11テロ以降、世界的緊張とともに核拡散の危機が急速に高まり、核兵器による大量殺戮が現実化する恐れも出てきた。このような状況のなか、本作は07年8月6日、広島に原爆が投下されたその日に、全米にむけてテレビ放映された。国連でも特別上映された本作は、アメリカのみならず世界中の人々に、広島・長崎で何が起きたかを知らしめ、核兵器の脅威に対して強い警鐘を鳴らす作品となっている。
●スティーヴン・オカザキ プロフィール
1952年、ロサンゼルス生まれの日系3世。76年、子供向けの番組制作でキャリアをスタート。81年に初めて広島を訪れ、翌年、被爆者の証言を記録した『Survivors(生存者たち)』を発表。85年には、第二次大戦中に収容所行きを拒否した日系アメリカ人の物語を描いた『Unfinished Business(原題)』がアカデミー賞にノミネートされる。90年に制作された『Days of Waiting(待ちわびる日々)』で、第63回アカデミー賞短編ドキュメンタリー部門でオスカーに輝く。05年、『ヒロシマナガサキ』の原点ともいえる作品『マッシュルーム・クラブ』で、原爆投下から60年目をむかえた広島の被爆者を取材。同作で三度目のアカデミー賞ノミネート。取り上げる題材は、ヘロイン中毒患者から、アメリカの酪農産業主催のミスコン、HIV感染者、そして被爆者と多岐にわたり、アカデミー賞を含め、多くの賞を受賞している。